4, 5月労働記

「あの瞬間のおそろしさは、」と王さまは言いやめません。

「わしは一生、一生忘れやせんよ!」

「でもねぇ、あなた、」と女王は言います、

「メモにしてお置きにならなきゃ、きっとお忘れになりますよ。」

――ルイス・キャロル鏡の国のアリス』より

(引用元: 最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか)

前置き

2, 3月記はそのうち出ます、多分、きっと。

就職

世間一般の凡庸な理系学生と同様に凡庸であったので博士課程には進まず修士課程を卒業して民間企業に就職した。2, 3月記を飛ばしてまで先に 4, 5月記を書いたのは、自分の感覚が現在の環境に慣れつつあると思ったからだ。

3月に大学院を卒業した学生が労働者になったからと言っていきなり社会人に成れるはずもなく、4月の自分は割と学生寄りだったと思う。まぁ実際にバイトでやっていたようなことと会社でやっていることがそれなりに近かったのも遠因だとは思う。企業が最初に研修というステップというか過渡期間を設けるのもそれなりに納得がいく。物理的に、技能的に仕事が出来るかどうかというよりもそれ以前に心理的に労働者になっていない。

最初に感じたのは軽い後悔だった。就活はある程度納得できる帰結を得たにも関わらず、もしくはそれが達成出来てしまったからこそ、あったかもしれない方を進んでいた場合はどうなっていたかを考え、そして実際にそれをした人達と自分を比較していた。と同時にもし就活がこうなっていなかった場合を考えて安堵していた。

そして基本的にこの生活、朝起きて会社に行って仕事をしてがこの先40年は変わらないという事実に絶望した。これまでには一貫して何等かの「次」があり、そして次に相応しい、目指す場所があった。中学を卒業すれば高校があり、高校を卒業すれば大学があり、大学を卒業すれば大学院があった。しかし労働の先には労働しかない、転職をしようが基本的に何をしようが朝起きて会社に行って少なくとも8時間(そして基本的に8時間には収まらない)働き、夜に家に帰るのを週5日続け、週末に2日家事をして人生に持続可能性を持たせる。基本的に人生のスケジュールがこの調子なのは変わらないし、そして労働から逃れることはもう不可能である。このすごろくには上がりはない。

多分こういうことを感じたのは自分が大学院までやっていたことがそれなりに、というかかなり気に入っていたからだと思う。世間的にも一種の特別感がある領域だったし、大学でもそれに情熱を感じる人々がそれなりに集まっていて、常に何か目指すべきことがあった。しかし労働というのはどちらかというと一種の生きる術であり、それ自体が目的になることもあるにはあるが、一般的にはならない類のものでもある。オフィスのそこかしこで会社のスローガンというか社是というかを見かけるのも、会社への帰属感を感じさせ、労働にお金を稼ぐ以外のそれ自体に目的を持たせるためのものなのかなぁと、スローガンを見ながら思っていた。

まぁでも流石に二カ月も経ってしまうと上に書いたような話はただの備忘録でしかない。ちなみに同僚にこの話をしたらまだ一ヵ月だよ!?と言われた。多分まだ一ヵ月ですら、では無く、まだ一ヵ月だからこそ、の過渡期にしか感じられないようなものなのだと思う。人間は環境に適応するのが上手い。あと単純に一人暮らしを始めたことでそこそこ忙しくなり、こういうことを考える余裕があまりなくなったからなのかもしれない。

最近聞いたポッドキャストでも似たような話を扱っており、20代の学校を出た直後の若者に、労働が如何に人生の虚無感を味わわせるかについて語っていて面白かった。名前の高尚さのわりに珍しくfuckやshitが飛び交うので興味がある人は是非。

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労働

4月の頭2週間に研修をし、研修が終わった後は最初に配属された部署でいくつかのやることを貰ってそれに取り組んでいた。が5月頭に、数か月前にやった人員整理を受けて行った人員再配置みたいなものがあり、それに巻き込まれて新しい部署に所属することになった。新しい部署の仕事の内容はあまり好みでないものだったのと、そしてその部署が引き継いだ物がヤバすぎて自分が最初に配置された部署がどれだけ恵まれていた環境だったかを今はしみじみと感じている。新しく出来た部署も、人員を余ったところから千切ってきて(自分はピザの千切られた側である)、人が足りないところとくっ付けたそこそこ寄せ集めの構成から成っている。なので今はチームビルディングみたいなところからやっていて、色々なものが定型化されておらず要領がわかっていないのもそこそこ現状のストレス要因になっている。 そして引き継いだものが本当に曰く付きの修士学生がやっても流石にこんなことにはならない、みたいな遺産を扱っている。大きな会社なのはわかるが会社の中でも物凄く出来が良い物と控えめに言ってあまりよろしくないものが混在しているのは頭がバグるのでやめて欲しい。

なお同期に言わせると同業他社に比べるとこの規模の会社でもまだベンチャー上がりみたいなものらしい。マジか。幸いにも部署の同僚?というかメンバーに関してはかなり恵まれていると思うのでそれに関しては素直に頑張っていきたい。

会社の中で英語が飛び交っているのも慣れてきた。少しずつ聞き取れるようにとかそういうのではなく、聞くべき時とそうで無い時がわかるようになってきた。と思ったら最近大事なことを聞き逃したらしく初めて怒られが発生した。なんとかしないといけない。一言英語で仕事が出来る、と言っても下っ端に求められるそれと管理職に求められるそれとは全然レベルが違うというのもわかってきた。管理職以上になると途端にネイティブの割合が増えるところからも薄っすらそういうところが見える。

会社の業績発表みたいなのを聞いていても少なくとも2, 3年前のような景気が良いと言える状況では無く、2回目の整理があっても不思議ではない。2回目があるかどうかは被用者としては全く分からないが他社の状況を見る限り2回目があったら間違いなく自分達のような立場が対象になるだろうと同僚に警告されたので、現在はそうなったらどうすべきか身の振りを考えている。考えていた進路の一つは達成されてしまったし、自分の航空宇宙への興味はまだ残っているのでもういっそ一旦足の裏の米粒でも取りに行こうかなとか妄想している。